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風の丘を越えて 西便制

「風の丘を越えて 西便制」  製作:1993年/韓国

kazenookawokoete   監督:イム・グォンテク                
  撮影:チョン・イルソン
  音楽:キム・スチョル
 原作:イ・チョンジュン
  キャスト:キム・ミョンゴン
        オ・ジョンヘ
        キム・ギュチョル
         アン・ピョンギョン

この作品はNHK「アジア映画劇場」で観ました。
番組と解説者の佐藤忠男さんについては後述します。

まずはあらすじを・・・
1960年代初めの頃。
一人の男(トンホ=キム・ギュチョル)が人を探しています。
幼い頃、彼は母親の恋人だったパンソリの歌い手ユボン(キム・ミョンゴン)と
その養女ソンファ(オ・ジョンヘ)とともに旅をしていました。
破門をされて旅暮らしのユボンはトンホに太鼓、ソンファに唄の厳しい修業を
課していきます。
その間に、パンソリは次第に時代から取り残されていきます。
そして、トンホはユボンについていけなくなり二人から離れていきます。
一時はそのショックで声が出なくなるソンファですが、元々唄が好きだったこと
もあって芸に情熱を傾けていきます。
ユボンは彼女に芸を極めさせるために、漢方薬で失明をさせます。
旅と修業を繰り返す中、そのことを知っていたソンファ、彼女が知っていたこと
を感じてとっていたユボン・・・。
後にユボンは罪悪感を抱きながらこの世を去ります。
トンホはソンファを探し当てますが、お互いに名乗ることも無く、唄い太鼓を
叩く二人・・・。
そして、又別れていきます。

たぶん、韓国映画を観たのはこれが初めてだったと思います。
日曜日の午後、NHK教育テレビに「アジア映画劇場」という番組がありました。
映画評論家の佐藤忠男さんが解説をしていました。
この番組ではとにかくたくさんのアジア映画を観た記憶があります。
中国、台湾、インド、イランはもちろんベトナムやマレーシアなど当時映画を
作っていたことさえ知らなかった国の作品もありました。
なぜ観ていたのかというと、NHKが厳選して観せてくれるのだから悪い作品
のわけが無い、という単純な思い込みででした。
今考えても暗い作品が多かったものです。
主に農村を舞台にした貧しい生活を描いたものが多くて、リアル感があって
共感を覚えたり逃げ出したくなったりしたものですが、観続けていくと突き
抜けていく強さや明るさが見えてきました。
今では作品の名も思い出せませんが、ふと何かの瞬間に思い出すシーンが
あったりします。
足で踏み固められてツルツルになった土とか、熱い夕陽に照らされた稲とか
だったりしますが・・・。

佐藤忠男さんは、とても生真面目で真摯な解説をされる方です。
見た目は穏やかで品のよい印象がありますが、独学で地位を築いた方の
ようです。
映画を丸ごと抱きしめてしまうような淀川長治さんも素敵でしたが、冷静に
生真面目に語る佐藤さんの解説は説得力がありとても参考になりました。

“パンソリ”という韓国の伝統芸能についてはこの映画で知りました。
といっても名前を知ったことぐらいですが・・・。
確かに日本で言えば“義太夫”のようです。
のどをつぶして搾り出すように唄う、などと思うのは素人の考え方なので
しょうがかなり苦しそうに感じます。
今回、ビデオが劣化していてその魅力を充分に感じ取れなかったのが
残念です。
ビデオは音から劣化していくようです。

映画の中でも重要なのが“恨(ハン)”で、佐藤さんがかなり時間を割いて
解説をしていました。
日本語の場合、他人を恨むという意味になりますが、韓国ではもっと深く
重い意味があるようです。
難しいのでセリフから引用してみます。
「人の“恨”とは、生涯にわたって心にうっ積する感情のしこりだ。
生きることは“恨”を積むこと。“恨”を積むことは生きることだ。」

そして、パンフレットの森田純一氏“恨、パンソリの背景にあるもの。”から・・・
「相手に対して愛情なり親切が足りなかったことから生まれる自分に対しての
恨、あるいは相手に対して約束が果たせなかったことから生まれる恨、そう
した自責の念も恨として捉えられる。しかし、だからといって人々は恨を拒絶
するようなことをしない。むしろ、恨をありのままに自分の内に迎え入れ対峙し、
それを乗り越えることによって強くなろうとする姿勢が窺える。
(中略)
恨とは、そんなふうにして人の心の奥底に沈殿し、しこりとなり、最終的には
解き放たれるべきものとしてあるように思う。」

映画では物語が進むうちに、字幕のハンと振り仮名をする文字が“恨”から
“情念”へと変わっていき最後に“過去”となります。
ラスト近く、二人が語り合うシーンに一度だけ“過去”が出て来ます。
かなり深いものなのだということだけは私にもわかりました。

一番印象的だったのは、物語の中盤。
三人が冬枯れの丘、遥か彼方から曲がりくねった道を唄い踊り太鼓を叩き
ながら手前に向かってくるシーン。
カメラが固定されていて、かなりの長い時間手前で彼らが画面から消えるまで
を観続けることになります。
この映画の中で唯一明るく開放感のあるシーンかもしれません。

全体的に、旅をするシーンが多いのですが、韓国の綺麗な四季が観られず
(「砂の器」をつい思い出します)雪景色や冬枯れの中が多いのは意識しての
ことなのでしょう。
ラストも固定カメラで、雪の積もる一本道を画面左から右へ、子供に引かれて
去っていくソンファ・・・。
子供は、彼女の後継者なのでしょうか。
何も語られることはありません。
トンホに逢えたのに(ひとつの恨を越えたということなのでしょうか)、親切に
してくれた人とも別れて又宛てのない旅に出て行くソンファ・・・。
安住することも無く、不自由な目で恨をかさねていく姿が何とも胸を打ちます。

その後の韓流ブームの作品とは一線を画する作品です。

風の丘を越えて 風の丘を越えて
オー・ジョンヘ, キム・ギュチョル, アン・ビョンギョン, イム・グォンテク

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