華氏451
「華氏451」 製作:1966年/イギリス
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監督 フランソワ・トリュフォー |
店の名前(古本屋451)は、この映画から使わせてもらったものです。
あらすじ・・・
本を読むことを禁じられている未来社会。
モンターグ(O・ウェルナー)はその本を発見しては焼却する消防隊員です。
優秀で近く昇進の予定ですが、妻リンダ(J・クリスティ)はテレビを相手に無気力な日々を送っています。
彼はクラシス(クリスティ・二役)と知り合い影響を受けて、隠していた本を読むようになります。
大量に発見されて家ともどもに燃やされる本と、一緒に死を選ぶ老婦人の姿をも目の当たりにします。
そして、クラシスが逮捕されそうになり、彼も妻の密告で追われる身となります。
ラストは・・・。
出動する度に、消防隊長は本に関する批判をとうとうと述べます。
“実在しない人間の物語は読んだ者を不幸にする。別世界の人生を空しく想像させる”
“本は民衆を動揺させ反社会分子に変える”
“幸福の道は万人が同じである事だ。だから本を焼かねばならん”
手に取る文学書や哲学書などのひとつひとつに・・・。
しばらくぶりに観て、忘れていたというか今回初めて知ったようなシーンがかなりありました。
まず、消防署のプレートが451だったこと。
このプレートを頻繁に映していました。
ちなみにタイトルの「華氏451」は本に火を点けて燃え上がる温度のことです。
そして、老婦人が本とともに亡くなるシーン。
私は火を放たれても逃げなかったための死だと思っていましたが、実際は逃げる隙を与えるためのカウントの間に自分でマッチをすったのでした。
後に、これが仲間を守るための行為だったことがクラシスの言葉で語られます。
このシーンは時間をかけて撮影していたこともわかりました。
隊員がガラスを割ったことで部屋の中に風が入り込み、床に積まれた本の上の“ダリ”の雑誌が1ページずつ捲れていきます。
本の山に青い液体が噴射されていきますが、その雑誌はまるで生きてでもいるように捲れ続けます。
火が放たれ本が1冊ずつ表紙から燃えていく様子が丹念に映されていきます。
ほとんどのタイトルを読み取れなかったのですが、その中にチャップリンの自伝を見つけましたし、韓国語の文字も見えました。
なんとも切ないシーンでした。
ここから書くことは、結末のネタバレになります。
以前観た時はラストシーンでアッと思ったのですが、意外にも途中でそのことがモンターグとクラシスとの会話で出ていました。
「本の人々」と呼ばれる集団があります。
その集団の長らしき人が語ります。
“うわべは放浪者でも実体は図書館だ。本を愛する人間がたまたま出会い、本を守りたい一心で団結した”
彼らはお互いを本の名前で呼び合います。
本を各人が暗記して、その後焼いていくのです。
彼らが暮らす湖のほとりで、余命いくばくも無い老人が少年に語り続けています。
雪の降りしきる中、老人は伝え終り息絶えます。
湖の周囲ではひとりひとりが歩きながらそれぞれの役目の本を暗記し続けています。
その中に東洋人らしき人もいました。
またまた、寺山修司の「ことばの星」を思い出しました。
この世には大切な言葉があるということ、そして大切な本があるということ。
この作品の映像は不思議です。
この頃(1966年)に想像した未来はこうだったのでしょうか。
未来というよりも、シンプルな過去というイメージがしました。
人も少なく、寒々とした光景が展開されます。
悪く言えば、画面がスカスカして見えます。
人も建物も風景も、現在とあまり変わりはありません。
ただ、どこにも無駄なものが無く、人にも光景にも体温や温度を感じられません。
たとえば、「ブレード・ランナー」(1982年)に描かれたあの雑然としたドロドロした(常に雨のようなものが降っている)世界が未来だと言われたらまだ納得できそうなのですが・・・。
唯一SF的なシーンは、妻が薬物のために倒れて血液を交換したら元気になるシーンと、逃げるモンターグを追いかける4人の男が乗っている“一人ヘリコプター”のシーンです。
ヘリコプターのシーンはあまりにも唐突な感じがしました。
原作を読んでいないのですが、映像で描かれたものもブラッドベリの考えた未来なのでしょうか。
トリュフォーの考えた未来なのでしょうか。
それとも、当時の表現に限界があったということでしょうか。
ただ不思議なことに、どこかで違和感がありながら以前観た時よりもそれを感じなくなっている自分がいました。
当時、この作品はあまり評価をされなかったと聞いています。
トラブルもあったようですし、何より初めて知ったのですが、イギリスでの製作で英語のセリフでした。
探してみたら「ある映画の物語」(1986年発行・草思社)という監督のこの作品の撮影日記が出てきました。
ブラッドベリの、この作品を観ての感想も長文で掲載されています。
かつて読んでいたかどうかも記憶にありませんので、ちょっと読んでみようかと思っています。
私はフランソワ・トリュフォー監督のファンでした。
映画撮影の内幕を描いた「アメリカの夜」(1973年・本人も出演)や出演した「未知との遭遇」(1977年)からで、ほとんどミーハー的なものでしたが・・・。
少年時代は不良だったとも言われていますが、それでも映画が好きで評論家になり後に映画監督となったという生き方にも魅かれたのかもしれません。
それほど作品は観ていませんが、自伝的な「大人は判ってくれない」(1959年)は印象的でした。
「トリュフォーの思春期」(1976年)も好きでした。
「アデルの恋の物語」(1975年)とか「隣の女」(1981年)のように女の情念をこれでもかと描いたものはどうも苦手でした。
最近、亡くなる当時監督の妻だったファニー・アルダン出演の「8人の女たち」(2002年)を観ました。
監督の遺作「日曜日が待ち遠しい」(1983年)出演の時もそうでしたが、大柄だけどどこかサバサバしていて格好良くて、今も変わらず魅力的で嬉しかったものです。
マイケル・ムーア監督の『華氏911』(2004年)のタイトルはこの作品にちなんでつけられたようです。
“9.11事件以降の世界の状況もふまえて、自由の燃え上がる温度としての意味が込められています” とのこと。
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突然炎のごとく〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選9〕 |
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