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季節はずれの台風が去って、気持ちのよい天気となった日曜日です。
相変わらずの飛蚊症のひどさ(昆虫のような形とか大小たくさんの二重丸とか)に鬱陶しさが増すばかりです。
気分転換に思い立っての、またまた広瀬川の散歩です。
準備したのは、デジカメに飲み物、そして小銭に迷子札(個人的な通称)・・・。
迷子札には通院している病院や病名、連絡先などを記載しています。
小銭は具合が悪くなった時のタクシー代(土手に沿って道路が走っています)など・・・。
こういうことは、若くて健康な人には思いもつかないことでしょうね。
余談:以前、道で倒れていた人がいて救急車を呼んだことがあります。
隊員が何かを見て確認をして、彼を乗せてあっという間に去っていきました。
想像ですが、彼は苦しい中で迷子札(あくまで私の呼び名)を見せたのではない かと思っています。
それ以来、私もちょっとした外出時には携帯するようにしています。
今回は、前回と同じ広瀬橋からですが、下流の千代大橋(せんだいおおはし)を渡って一周してくる1時間半ほどの道のりです。
このコースは、土手にほとんど木がありません。
川原に降りればありますが・・・。
コースが全部見渡せて、対岸が意外なほど近くに感じます。
たぶん目の良い人なら、対岸を歩く人の表情がわかるかもしれません。
最初に立ち寄ったのは、川のそばの1本の木。
最近“定点観測”が私の中でひとつの課題となっていますが、そのきっかけの木です。
この木は最初雑草の中に埋もれてひょろひょろとした小さな木でした。
それがあっという間に幹の太い木に成長しています。
その過程を撮影しておきたかったと後悔するほどに急な成長でした。
広瀬川の肥沃な流れのおかげでしょうか。
対岸の木がトトロの木(後述)です。
「黄昏」 製作:1981年/アメリカ
今観たらどんな感慨を持つのだろうかと思い、選んでみました。
あらすじ・・・
80歳を迎える夏、ノーマン元教授(H・フォンダ)は妻エセル(K・ヘップバーン)と湖のほとりにある別荘で過ごします。
そこに、長い間遠ざかっていた娘のチェルシー(J・フォンダ)が婚約者ビルとその息子を連れて訪ねてきます。
そして、父娘の間の溝は埋まらないままにチェルシーは婚約者と二人でヨーロッパへ旅立ちます。
預けられた息子ビリーとノーマンの間のぎこちなさも、エセルのおかげとお互いに釣り好きということもあって少しずつ消えていきます。
そして、チェルシーが戻ってきます。
この作品はJ・フォンダが父親H・フォンダのために企画し、アカデミー賞を受賞させたという有名なエピソードがあります。
当時、父親に代わってトロフィーをもらい、病床の彼と一緒に笑っている写真を見ました。
彼ら父娘も、映画のように長い確執があったことは有名な話です。
アメリカの良心の代表のように言われた彼も家庭ではかなり問題があったようで、弟
ピーター・フォンダと二人でそんな父親に長い間反抗していたようです。
年月はそれをも氷解させるのですね。
親が年老い、子供が大人になるということでしょうか。
2、3日前に映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」の完成イベントのニュースをあちこちで目にしました。
ひとつのテレビ局の製作なのに他局でも取り上げられていたのは前作が大ヒットしたせいなのでしょう。
ちょっと感慨深いものがあります。
まもなく公開ということで、初めて公式サイトを覗いてみました。
真っ先に観たのは予告編ですが、たった1分程度なのに思いがけず涙がブアーッと流れてきました。
“涙がブアーッと”という表現はコミックなどに見られますが、現実に体験したのは初めてかもしれません。
前作の感動を思い起こして、ほとんど“パブロフの犬”状態だったようです。
おかげでドライアイの私には良い結果にはなりましたが・・・。
15日の完成イベントで、吉岡秀隆さんがかなり積極的にコメントをしていたのが印象的でした。
どうしても彼は「北の国から」の純ちゃんで、ずっと観続けてきた人間にとっては身内のような感覚があります。
人嫌いで口下手という印象が強くて、インタビューなどは何となくハラハラして観てしまうのです。
そんな彼も37歳なのですね。
あまりテレビには出ない彼ですが、印象に残っているインタビューがあります。
尾崎豊さんが亡くなった時、NHKが朝の番組で特集を組んでいました。
彼のコメントは覚えていないのですが、古い民家の玄関前で普段着で、動揺を隠さずどこか不安げな様子で答えていました。
ごく普通の、尾崎さんを尊敬する若者としてショックを受けているたたずまいがありました。
最近声が出にくかったり、そうかと思えばドライアイや飛蚊症がひどくなったり・・・
さすがにお医者さんはズバリとは言いませんが“年のせい”ということのようです。
原因がわかっても症状が軽快することもなく鬱陶しさが続きます。
きょうは秋らしい天気の日曜日、気分転換にデジカメを持って広瀬川河畔を2時間ほど散歩してみました。
写真はクリックすると少し大きくなります。
出発地点は広瀬橋(仙台市)、日本初のコンクリート橋との表示があります。
遊歩道を川に沿って遡って行きます。
すぐに小さな堀との合流地点があり、そこを覗くと巨大な黒い鯉の群れが見られます。
時には黄色(金色?)の鯉も見られますが、きょうは姿がありませんでした。
このあたりは水が濁っていますが、栄養分が流れてきてそのため鯉も巨大化しているのではないかと勝手に推測しています。
きょうは休日でジョギングや散歩をしている人が多いのですが、みんな知っているのかあまり覗く人もいません。
写真の鯉が小さくてよくわからないのが残念です。
次は郡山堰・・・いつもは様々な鳥が見られるのですが、一羽も見当たりません。
休日は警戒しているのでしょうか。
向かいにサギと思える鳥がいました。
「踊る大捜査線」全11回 1997年1月~3月 フジテレビ系列放映
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脚本:君塚良一 演出:本広克行・澤田鎌作 音楽:松本晃彦 キャスト:織田裕二(青島俊作) 柳葉敏郎(室井慎次) 深津絵里(恩田すみれ) 水野美紀(柏木雪乃) ユースケ・サンタマリア (真下正義) いかりや長介(和久平八郎) |
★詳細情報は下記で
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
あまりに有名なドラマなのであらすじなどは省略します。
こちらでは、テレビシリーズの放送がきょう(12日)で終了します。
もう何度目の再放送なのかあまりに回数が多すぎてわかりませんが、放送される度につい観てしまうドラマです。
さすがに再放送を観るのはところどころですが、本放送の時は全部観た記憶があります。
最初は若者向けのテイストには付いていけないかも、と思いながら・・・。
ふだんグダグダしているのにいざとなると結束して事件を解決していくという単純明快なストーリー・・・テンポ良く、時には人情をからめていて観終わって爽快感が残りました。
音楽に乗せられて、文字通り踊らされているような感覚もあります。
観る側を高揚させる速いテンポのテーマ曲や、気持ちが入り込んだ時に静かに流れるピアノ曲などメリハリがあって、10年も経つという今も変わらない気分で観られます。
その後、スペシャルやら映画版それもスピンオフまでとどんどん広がっていったわけですが、結局最初のシリーズがしっかり創り込まれていたからということが今回よくわかりました。
![]() 並木道 |
![]() 新式の信号機 |
![]() JR在来線 |
![]() 公園 |
![]() JR貨物列車 |
![]() JR新幹線 |
*不鮮明な写真ですが、クリックすると少し大きくなります。
・新式の信号機
人型の両脇に縦に電灯が並んでいて、ひとつずつ消えていくことで待ち時間および渡る時間がわかるようになっています。
私が知らなかっただけなのでしょうか、早くこのタイプになっていればイライラすることもないのにと思いました。
・JR在来線
長町駅を出発して隣(右方向)の仙台駅へ向かっているところです。
・公園
後ろの方(かなり離れていますが)で5月から7月までドラリオンの公演がありました。今はただの開発前の空き地で、その面影もありません。
ゴミ出しの日の朝はついでにそのまま散歩をします。
すぐ近くに市の大規模な再開発地域があります。
最近やっと道路が完成して、そこを散歩するのが楽しみになりました。
これまでは近くの広瀬川の土手を散歩していましたが・・・。
建物がほとんど建っていないので見晴らしが素晴らしいのです。
JRの新幹線と在来線が平行に高架橋のまま走っています。
それも、視野の範囲を越えてほとんど障害物も無く250度(?)ほどの広がりに・・・。
外側に緩くカーブをしていますから、つい根拠も無く“地球は丸い”という感覚に陥ったりしています。
目の調子がなかなか回復しないので、“閑話休題”ばかり続きます。
今朝がた(夜中?)3時頃に耳元のラジオから越路吹雪さんの歌が聴こえて来ました。
うとうとしながら久しぶりに聴くと、何とも心地よかったですね。
事あるごとに思うことのひとつに
“越路吹雪さんとシャルル・アズナブール(こちらは呼び捨て!)の生のステージを観たのが私の財産―ただし、スティービー・ワンダーは別格”
ということがあります。
調べてみたら1974年9月でした。
その年のロングリサイタル直後のコンサートだったようです。
相変わらず、彼女の歌を1曲、2曲しか知らない状況でのコンサート鑑賞でした。
場所は県民会館・・・当時は狭くも無く、かと言って大ホールでもなく彼女のステージを楽しむにはちょうど良い環境だったような気がします。
最初にピンクのドレスで登場し、客席に向かって両手を広げて“ひざまずいて”深々と頭を下げました。
それだけで彼女の世界に引き込まれ、非日常の時間になりました。
それまで、そんな挨拶をされたことが無いですからね、なにしろ・・・。
一瞬のうちに私自身が東京のど真ん中、日生劇場にいる気分になりました。
そして、土手を形どったセットに横たわりながら「18才の彼」を歌い出します。
あの姿勢でよく歌えるものだ、というかなり低レベルの感想から聴き始めました。
その後のことをまったく覚えていません。
何を歌って、どんなドレスで、どんなことを語ったのか・・・。
終了後、人の波に押されるようにして呆然として会場を出ました。
前を行く母娘らしい人たちの会話で“さすがだよね”という言葉だけがかすかに記憶に
残っています。
同じ空気を共有した人たちの熱気を感じながら、夜のケヤキ並木の下を一塊となって歩く人たちもいつの間にかまばらとなり、そしてそれぞれの日常に帰っていくのがまだまだ興奮が残っているだけに何とも寂しく感じました。
祭りの後のような・・・。
いつもの事なのですが、この時は特にそうでしたね。