旬の花時計


過去記事一覧

  • 各カテゴリーページの
    最後をご覧ください。

月別・カテゴリー別バックナンバー

ブログ内検索


  • カスタム検索

参加ブログランキング

« 「相棒season10」第6話“ラスト・ソング” | トップページ | 「南極大陸」第7話 »

西本幸雄元監督の訃報に 「おはよう日本」

あとで読む[あとで読む]

 

       パ・リーグを生きた男 悲運の闘将・西本幸雄

 

元プロ野球監督の西本幸雄さんが亡くなりましたね。

好きな監督でした。

西本監督が好きで、在任中は阪急と近鉄のファンになっていました。

 

いまだに、“人は、その生き方とか考え方とかが顔に出るもの”と単純に信じています。

そうなると、鏡に映る自分の顔にガッカリしますが・・・。

西本さんは、私が感じる、幾つになっても綺麗な(美醜のことではなく)顔の持ち主の一人でした。

8度の日本シリーズで1度も勝てなかったことから「悲運の闘将」とも呼ばれていて、その表情を何度も見てきたことも、大きかったかもしれません。

 

今朝の「おはよう日本」(NHK)では、病院のベッドの上で起き上がって語る映像が流れました。

晩年は病気と闘っていたということですから、最近の映像ではないのでしょうが、変わらない静かな闘志を感じましたし、それでいて清々しく柔らかい表情に何だかホッとしたものです。

 

 

 

プロ野球に望むこととして、“選手、球団、そしてサポーターが三位一体になって、やっていって欲しい”と・・・。

このところの巨人の騒動を、まるで知っているようなコメントでしたね。

 

元近鉄の選手の羽田耕一さんが電話インタビューを受けていました。

“厳しかったけど、楽しかった”と・・・。

西本さんも先の映像の中で、“振り返って、後悔は無い。楽しかった”と・・・。

監督も選手も、当時を振り返って“楽しかった”と言えていることに、胸が熱くなりました。

 

以下は、西本さんと羽田さんとの有名な事件です。

 

〔羽田殴打事件〕   *Wikipediaより引用

本人はいたって大人しい性格であったが、そのため伸び悩んでいると見た西本幸雄(1974年から1981年まで近鉄監督)によるいわゆる「羽田殴打事件(球団広報誌「近鉄バファローズニュース」1995年9月号では「ポカリ事件」と記載)」が1975年後期に発生している。
阪急ブレーブスとの対戦中、阪急の投手・山口高志を攻めあぐねていたため、西本監督はナインに初球には手を出さないよう指示した。
ところがその回の先頭打者だった羽田は、西本監督が指示を出していた円陣に加わらずに打席に立っていたため、指示を知らずに初球に手を出してしまい空振り、結局その打席では打ち取られてしまった。
これに怒った西本監督は、その場で羽田を殴打した。
このシーンには近鉄のみならず阪急の選手も一瞬動きを止めてしまったという。
指示を直接聞いていない羽田を西本が殴打するのは不条理な面もあるが、西本からしてみれば羽田のふがいなさもさることながら羽田を育てきれていなかった自分への怒りが込められており、羽田も西本の自分に対する期待を切に感じていたことから、西本に反抗することなく殴打を甘んじて受けたシーンであった。

 

西本元監督のご冥福をお祈りいたします。

 

 

西本幸雄 を検索

 

 

« 「相棒season10」第6話“ラスト・ソング” | トップページ | 「南極大陸」第7話 »

スポーツ」カテゴリの記事

テレビ雑感」カテゴリの記事

amazon


スポンサーリンクⅠ


楽天


スポンサーリンクⅡ



無料ブログはココログ