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【闘病日記 4】入院生活

 

「B細胞性前リンパ球性白血病」と知ってから、自分に言い聞かせている言葉があります。
   “受け入れて、乗り越える”
同じ病気でこの記事を読んでくださる方がいるとしたら、一緒に乗り越えていけたら、と願っています。

 

2017年5月に病気がわかり、6月に入院しました。
その間は、長年通院していた病院から現在の病院に紹介してもらったため、手続きやら再検査やらで悩む暇もなく、怒涛の日にちを過ごしました。

入院したのは、中高年女性だけの4人部屋で、ほとんどの人が悪性リンパ腫でした。
人付き合いが苦手で、まして絶望感いっぱいで入院したのに、その期間、そして同室の人たちとの交流が、今の少しは強く前向きになっている自分を作ってくれたと思っています。

それぞれに、足を骨折したり、糖尿病の治療を受けていたり、車椅子を余儀なくされた病気を抱えていたり、そんな時に病気が見つかっています。
私もですが・・・。
入院時期が前後していて、抗がん剤治療が終わったばかりだったり、これからだったり・・・。
当然ですが、そこまでの経緯だったり、ましてや生きてきた過程や現在の生活などは、まったく違っていました。

それでも、お互いに細かな情報を交換したり、愚痴をこぼしたり、他愛ないことで笑い合ったり・・・。
さすがに、夕暮れ時などの沈黙の時間、それぞれの抱えているものを推し量ることはとても出来ませんでしたね。
でも、必要以上に相手に踏み込まない姿勢が自然にあって、これからどうなるかわからない不安な中に、何とも穏やかな気分にさせてもらえる時間でした。

先生や看護師さんたちときちんと話し合ったり、常に前向きで、決して暗いネガティブな空気などは流れませんでした。
車椅子の人は、廊下の手すりでひとりリハビリをして、何とか歩けるのに、トイレなどは必ず看護師さんたちの手を借りていました。
“それぞれに担当の仕事があるので・・・” と・・。
その深い考え方、いつも毅然としている姿勢に感じ入ることが多かったですね。

 

途中に入退院した人には、かなり破天荒な人もいました。
糖尿病の検査入院らしかったのですが、隠れて好きな物を食べたり、一晩中テレビを観ていたり、昼間はいびきをかいたり、大声でおしゃべりをしたり・・・。
一度彼女の後にシャワー室を使うことがあったのですが、壁から床まで水浸しで壁には髪の毛がべったり、という状態でした。
結局、それをまず掃除をしてから利用しましたけど・・・。

彼女は、颯爽として退院していきました。
それでも、それほど不快な感じが残らなかったのは、“こんな生き方をしても、人間生きていけるんだなあ” と思わせられたからに違いありません。
自分の神経質さをちょっと反省したものです。
とても真似は出来ませんが・・・。

恥ずかしい話ですが、浣腸事件というものがありました。
抗がん剤治療中は副作用として便秘になることがあります。
ひとりの人が、それで腸閉塞の手術をしたという事実に、私ともうひとりはかなり戦々恐々の状態でした。

便秘薬が効かなくて、何十年ぶりかで浣腸、それもオムツ付きで・・・。
看護師さんに5分くらい我慢してと言われたのに待てなくて、となりのトイレに駆け込もうとしたら、誰かが使用中・・・。
病室の入り口で立ち往生していたところ、同室の人が別のトイレに連れて行くからと言ってくれたものの、一歩も動けず・・・。
やっと開いたトイレから出てきたのは、同室の別の人でした。

入れ替わりに駆け込んで “セーフ” と言いたいところですが、間に合わずオムツのお世話になりました。
自分の後始末を自分でするのは、なかなか切ないものがありますね。
部屋に戻れば、みなさん、心配しながらも微妙な表情でした。
その後、大爆笑になったことは間違いありません。

1ヵ月後に退院を告げられました。
最初に治療期間5ヶ月と言われていて、それは入院期間を意味するものだと思っていました。
その時は、外来でも抗がん剤治療が出来るとは思っていませんでしたし・・・。
先生が去った後に、思わずガッツポーズをしたものです。
みなさんからも祝福されました。
ただし、喜びのあまりか、熱を出してしまい、1週間遅れになりましたが・・・。
結局、入院での抗がん剤治療は2回でした。

退院の時は、みなさんとは握手をして別れました。
引き続き外来で会えるものだと簡単に考えていましたね。
最後の一日だけ一緒だった人とは、その後会えていましたが、私の通院日が変更になった以降は会えていません。
ほかのみなさんと会える機会が無く、先生に尋ねようかと何度も思いましたが、無理でしょうね。

みなさん、本来の病気の治療に戻っていったのかもしれません。
でも、なぜか信じられるのは、あの頃以上に元気に過ごしているだろう、ということ。
今、私もいろいろな副作用に悩みながらも、とにかく元気でいられるのは、あのみなさんと過ごした時間があったからだと思っています。
これからも、そうだと思います。

 

  夏の雨点滴の落ち見つめおり  2017.7.27.

 


 

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