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【闘病日記】

【闘病日記 58】再発?&アニメ「忍たま乱太郎」を楽しむ

 

「B細胞性前リンパ球性白血病」と知ってから、自分に言い聞かせている言葉があります。
   “受け入れて、乗り越える”
同じ病気でこの記事を読んでくださる方がいるとしたら、一緒に乗り越えていけたら、と願っています。

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一週間前頃からダルさを感じるようになり、一昨夜は全身のダルさでほとんど眠れない状況になっていました。
血液内科の予約日が20日(月)で、それまでは何とか頑張ろうと過ごしてきましたが、さすがに耐えられず、電話で了解を得て通院しました。

ほとんど再発(実際は、再々発)を覚悟しての通院。
祈る思いで受けた血液検査の結果は、特に前回の結果と変わりはありませんでした。
逆に、前回かなり低かった白血球の数値が少し高くなっていました。
それでも、低めではありますが・・・。

予約日ではないし、この日は外来担当ではなかった先生からは「再発かと思ったけど、何なんでしょうね」と言われてしまいました。
申し訳なく思いながら、治療が終了して2か月足らずでも再発はするんだ、と変に確信したりしましたね。

久しぶりに“オオカミ少年” だったかなあ、という反省はあります。
オオカミが来るという嘘を繰り返して、最後は信用されなくなったという逸話のようにはなりたくないですけど・・・。
この病気に限らず、長い闘病生活の中で、神経質なあまりパニックになり、結局空戻り(私にとっては良いことですが)することが結構あったことを思い出しましたね。

ひとまず安心しましたが、今のところ肝心のダルさは消えていません。

 


 

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【闘病日記 57】高沢秀昭さん、首位打者から保育士に「ラジオ深夜便」

 

「B細胞性前リンパ球性白血病」と知ってから、自分に言い聞かせている言葉があります。
   “受け入れて、乗り越える”
同じ病気でこの記事を読んでくださる方がいるとしたら、一緒に乗り越えていけたら、と願っています。

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4月末で抗がん剤治療が終わり、経過観察期間に入りました。
ホッとする間もなく、逆流性食道炎らしい症状に悩まされています。
4月半ばから始まっていたので、消化器内科で長年飲み続けていたファモチジンを変えてもらいました。
少し強めだというラベプラゾールNa錠ですが、後で調べてみたら、逆流性食道炎の薬だったんですね。
ファモチジンもでしたが・・・。
その時は軽く考えていました。

最初は吐き気に始まって、胃や喉の不調に咳も加わり、今は口の中の苦さ・塩っぱさが最も辛い状況になっています。
ネットで調べて、睡眠時には上半身を高くして、左を下にして寝ていても、何度も目が覚めてしまいます。
そのうちにほとんど眠れなくなることもあります。

耳鳴りとの付き合いが長いこともあって、一晩中ラジオ(NHK・ラジオ深夜便)を点けっ放しにしています。
昨日は、久しぶりに井上陽水さんの「傘がない」や荒木一郎さんの「空に星があるように」を聴くことができて、良かったと言えなくもありません。

昨日は、月一の【みんなの子育て深夜便】で、午前4時台のコーナーは【ことばの贈りもの】でした。
インタビューを受けた人は、元プロ野球選手の高沢秀昭さん。
ロッテの元選手で、首位打者・ベストナイン・ゴールデングラブ賞を何度も受賞し、オールスターのMVPも受賞していました。

 

 

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【闘病日記 56】抗がん剤治療の終了。そして、胃カメラのトントン。

 

「B細胞性前リンパ球性白血病」と知ってから、自分に言い聞かせている言葉があります。
   “受け入れて、乗り越える”
同じ病気でこの記事を読んでくださる方がいるとしたら、一緒に乗り越えていけたら、と願っています。

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先月30日、再々発のために昨年末から続けていた抗がん剤の治療が終わりました。
フルダラ(飲み薬)とリツキサン(点滴)の6回目です。
最初はフルダラが先行するかたちでしたが、先生曰く“つじつま合わせ”をして(笑)、同時期に終わることが出来ました。

効果をちょっと疑うほどに、特にひどい副作用も無く終わりました。
正直、ホッとする気持ちと同時に、これからへの不安な気持ちがありますね。
3度目ともなると、経過観察の期間よりも治療期間の方が安心に思えてしまう、というおかしな状況になってしまいました。

先月半ば頃に突然吐き気がして、胃の状態もおかしくなりました。
5回目の治療から2週間は過ぎていましたから、抗がん剤が原因とは考えられないらしいですね。
近々消化器内科への通院もありますから、そちらで診てもらうことになりました。

 


 

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【闘病日記 55】「やまと尼寺精進日記 ひとり生きる豊穣」を観て

 

「B細胞性前リンパ球性白血病」と知ってから、自分に言い聞かせている言葉があります。
   “受け入れて、乗り越える”
同じ病気でこの記事を読んでくださる方がいるとしたら、一緒に乗り越えていけたら、と願っています。

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9日の「NHKスペシャル やまと尼寺精進日記 ひとり生きる豊穣」を観ました。
2020年に本放送が終わって、今は再放送を観ているだけなので嬉しかったですね。
身体にも目にもやさしい料理の数々、3人の絶えない明るく楽しそうな笑い声が響く風景が、とても好きでした。

本放送の終わりを突然に感じていました。
だいぶ後になって、副住職の佐々木慈瞳さんとお手伝いのまっちゃんが下山していたことを知って、ちょっとショックでしたね。
私は毎朝テレビ体操(ラジオ体操も含む)をしています。
本放送が終わってからも、3人は変わらずに、私と同じ時間にラジオ体操をしているものと思っていたものです。今もですが・・・。
今回の映像では、お寺の上り口に3人の人形が無くて、何とも寂しかったですね。

ひとりになったご住職の後藤密榮さんはどうしているのか、ずっと気になっていたので、今回の放送は本当に嬉しかったですね。
最初に登場した時、玄関までの道の両側に緑が鬱蒼としていて、やはりひとりでは手が回らないのだと思ってしまいました。
でも、いつもと変わらない穏やかな笑顔で、コロナ禍で野菜を作っているのだと語っていました。


 

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【闘病日記 54】「ムーミン」にハマる?

 

「B細胞性前リンパ球性白血病」と知ってから、自分に言い聞かせている言葉があります。
   “受け入れて、乗り越える”
同じ病気でこの記事を読んでくださる方がいるとしたら、一緒に乗り越えていけたら、と願っています。

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最近、「ムーミン」が気になりだしています。今更ですが・・・。
きっかけは、たまたま土曜日の午前中に「ムーミン谷のなかまたち」(NHK・Eテレ)を観てからです。
高橋一生さんがスナフキンの吹き替えをしていたことを思い出して、そのまま番組を観ることにしました。

これまで知っていることと言えば、ムーミンとスナフキンの姿かたちだけ。
シリーズの途中からだったので、わけがわからずに観たわけです。
CGアニメだったからよかったのかもしれません。
ふわふわとしたフォルムが何とも心地よくて、物語の中へ惹きこまれていきましたね。

よくよく観ていると、どんなところに子供たちが魅かれるのだろうと不思議に思ったりしたものです。
例えば、ムーミンママがパパに気を遣ったり、自分の想いを抑えたり(パパの夢である灯台へ引っ越すことになる話)・・・。
かなり細やかな大人の気持ちなどが伝わってきました。

と、考え込んでいるうちに、先月で突然(私にとっては)放送が終わってしまいました。
誰か(このキャラクターは?)が「ムーミン一家が帰ってくる!」と叫び、スナフキンがその声に駆け出していくシーンで終わりました。
それまでは、とにかく島で頑張ろうとしていたのに・・・。

 


 

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【闘病日記 53】震災から11年、そして馬場典子さんの句

 

「B細胞性前リンパ球性白血病」と知ってから、自分に言い聞かせている言葉があります。
   “受け入れて、乗り越える”
同じ病気でこの記事を読んでくださる方がいるとしたら、一緒に乗り越えていけたら、と願っています。

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今日は、東日本大震災から11年。
今朝の「ラジオ深夜便」では、80代の一人暮らしの女性の手紙が紹介されました。
震災で3人の家族を亡くし、これまで夜にパジャマで眠ったのはわずかだったこと。
私の場合は、ぐちゃぐちゃになった部屋の後片づけが大変だった程度の被害でした。
それでも、1か月は着の身着のままで眠っていたものです。
11年という時間はとても長いです。
今日は、知人の手術日でもあり、ウクライナのことも含めて、祈りの一日になります。

   大槌の 風の電話や 梅一輪

昨日の「プレバト!!」(TBSテレビ)に、フリーアナの馬場典子さんが出演していました。
上の句は、以前馬場さんが出演した際の句です。
震災のことを詠んだこの句以来、馬場さんに注目しています。

よろしかったら、こちらをどうぞ。↓

“風の電話” 「プレバト!!」馬場典子さんの一句 2019.2.10.

 

 

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【闘病日記 52】9日間の入院生活

 

「B細胞性前リンパ球性白血病」と知ってから、自分に言い聞かせている言葉があります。
   “受け入れて、乗り越える”
同じ病気でこの記事を読んでくださる方がいるとしたら、一緒に乗り越えていけたら、と願っています。

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先月(1月)半ばに9日間ほど入院しました。
再発により、飲み薬のフルダラはすでに始めていましたが、点滴のリツキサンの様子を見るための入院でした。

入院の日は、数日前からのどに違和感が続いていたので、PCR検査の結果待ちの時間は不安でなりませんでしたね。
結果は問題は無かったですが・・・。
前回(2019年)の時は熱と咳で、かなり不安定な状況になっていて、個室に入ることから始まったものです。
今の時期だったら大変なことになっていましたね、きっと。

入院2日目にリツキサンの点滴。
午前11時頃から始まって、午後2時頃には終わっていました。
特に問題が無く進んだおかげで、予定より2時間も早かったです。
心配された体重増も無く、順調すぎるほど順調でした。
前回(2019年)は、熱のせいで2日間かけて受けましたから、信じられなかったですね。

その後は、先生の回診と看護師さんの検温や採血などで、特に治療などの無い日を過ごしました。
とにかく食べては寝るの繰り返しでしたね。
前の2回は、入院日記らしきものを書いていましたが、今回は、ただただ食事の内容をメモするだけでした。(笑)
それにしても、入院時と退院時の体重がほとんど一緒(0.1kg減)というのは納得できませんでしたね。
薬のつもりで、自宅での少なくとも2倍は食べていたはずなんですが・・・。

 


ヨシタケシンスケ スケッチ集 デリカシー体操

 

 

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【闘病日記 51】自由律俳人・住宅顕信さんの一句

 

「B細胞性前リンパ球性白血病」と知ってから、自分に言い聞かせている言葉があります。
   “受け入れて、乗り越える”
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   おなべはあたたかい我が家の箸でいただく

                                                              住宅顕信(自由律俳人)

「NHK俳句 歳時記食堂」(NHKEテレ・1月1日放送)で、住宅(すみたく)顕信さんのことを初めて知りました。
25歳という若さで亡くなった自由律の俳人です。

経歴を・・・
1961年岡山県生まれ。
19歳~尾崎放哉の俳句と出会う。放哉の句集には隙間もないほどにギッシリとメモ書き。
21歳~仏教学院の通信教育を受講して、仏教に傾倒していく。
22歳~得度して、浄土真宗の僧侶に。そして、結婚。
23歳~急性骨髄性白血病を発症。息子が誕生するも、離婚。病室で子育て。
25歳~1987年(昭和62年)死去。

駆け抜けた人生で、残した句は、281。
以下は、闘病中に読んだ句です。

 若さとはこんな淋しい春なのか

 気の抜けたサイダーが僕の人生

 ずぶぬれて犬ころ

 


住宅顕信読本―若さとはこんな淋しい春なのか

 

 

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【闘病日記 50】再々発、そしてフルダラ生活

 

「B細胞性前リンパ球性白血病」と知ってから、自分に言い聞かせている言葉があります。
   “受け入れて、乗り越える”
同じ病気でこの記事を読んでくださる方がいるとしたら、一緒に乗り越えていけたら、と願っています。

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11月初めからダルさが続き、どんどんひどい状況になっていったので、通院予約日を1か月早めて診察してもらいました。
血液検査の結果が異常で、当日に骨髄穿刺、翌日にはPET検査を受け、数日後には再発(再々発)と告げられました。

治療方法は、前回と同じ(5種目)ということで、早速11月末から今月にかけてフルダラを5日間服用しました。
フルダラ(飲み薬)+リツキサン(点滴)の組み合わせになります。
リツキサンは入院して、ということでまだ受けていません。

年末年始は病院が混んでいるようで、入院は1月半ばと決まりました。
点滴に特に問題が無ければ、1週間もかからずに退院できる、とか。
すでに入院準備は出来ていて、冬用の衣料でパンパンになっている荷物を、今度はスッキリさせなければなりません。
この状況を知人に話したら、大笑いをされてしまいました。
一緒に私も笑いましたけど・・・。

どこかにホッとしている部分があります。
意外に私は重病患者ではないのかも?などと考えたりして・・・。
少なくとも、緊急を要する状態では無いようです。


あるかしら書店


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【闘病日記 48】ラジオの話

 

「B細胞性前リンパ球性白血病」と知ってから、自分に言い聞かせている言葉があります。
   “受け入れて、乗り越える”
同じ病気でこの記事を読んでくださる方がいるとしたら、一緒に乗り越えていけたら、と願っています。

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掃除中に、ラジオから聴こえてきたのが “ショウジウタエシショウの「鹿児島おはら節」” と・・・。
“えっ、あのトリオ漫才の正司歌江師匠?”
最近、聴き間違いが多いので、作業をやめて聴き入りましたが、“上手い!明るくて、チャーミング!” と感動してしまいました。
終わっての紹介に間違いは無く、40代の頃の師匠の歌声とのこと。
あのガチャガチャしたイメージ(かしまし娘ですから)が一転しましたね。
新鮮な感動を覚えたものです。
何より、民謡は苦手ですが、民謡の歌い手に下手な人はいないと改めて実感しました。

このところ、ラジオで感動することが多い気がしています。
先日も、ラジオを点けた途端に耳に入ったのが「野菊の墓」(原作:伊藤佐千夫)の朗読。
民子と政夫の仲が村人の噂になっていると、二人が政夫の母親から叱られているシーンでした。
たった5分の番組なのに、周りの音が消えてしまった感覚がありましたね。

昔、寒い夜にお風呂の中で、立川談志師匠の「芝浜」を聴いたことがあります。
あの時も、やはり周囲の音が消えた、という感覚がありましたね。
その後、師匠の落語を生で聴く機会がありましたが、同じ感動は味わえませんでした。
落語は生が一番で、その次はテレビなどで表情や所作を観て楽しむものですよね。
あの時の感動は何だったのか、いまだにわかっていません。

昨日の朝、「立川志らくの演芸図鑑」(NHK総合テレビ)で、志らく師匠が「芝浜」を演じています。
談志師匠の声を思い出しながら聴いていましたが、談志師匠の方が、時には切々と、時には絞り出すようなセリフ回しだったなあと思い出しましたね。

 


立川談志ひとり会 落語CD全集 第46集「五貫裁き」「芝浜」

 

 

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